セレッソ大阪MF柿谷曜一郎は、大きな期待を抱いて欧州から戻ってきた。キャンプを行ったタイで、『GOAL』タイ版の取材に答えた。
柿谷はC大阪のアカデミーで育った。他クラブへのレンタル移籍も経験し、日本代表へと成長。そして、スイスのバーゼルへと移籍していった。
ヨーロッパでは、思うような活躍はできなかった。古巣への復帰を決めたが、それは失意の帰国ではない。新たな挑戦のためだ。自身が欧州からクラブへ戻る意味を、こう語る。
「経験の還元ですね。それこそがセレッソが次のレベルへ進むのに必要なものです」
「セレッソはいつも、僕がクラブの大事な一員であると言ってくれていました。いつもそのことを考えていて、自分が成し遂げずに残してきたことを達成したかったんです。J1昇格ですね」
背負うのは、期待だけではない。森島寛晃、香川真司、清武弘嗣と、多くの偉大な選手がつけてきた、クラブの象徴である背番号8を再び身にまとう。これは柿谷の覚悟の表れでもある。
「実は、自分でこの背番号を選んだんです。またこの番号をつけられる機会を得られてうれしいです。伝統を引き継いでいきたいです」
J1昇格という大きな目標を成し遂げて、背番号8の栄光の系譜を継ぐつもりだ。
「曜一朗君なら十分引っ張れる」。キャプテンを託した山口蛍のセレッソへの思いと現状
2014~2015年にかけてセレッソ大阪のキャプテンマークを巻き、昨年末にドイツ・ブンデスリーガのハノーファー移籍を決断した山口蛍(ハノーファー)。彼は目下、新天地でコンスタントに出場機会を得るために奮闘中だ。
ウインターブレイク明け2戦目となった1月30日のレバークーゼン戦でドイツデビューを飾り、続く2月6日のマインツ戦もスタメンに名を連ねたところまでは順調だった。しかし、ダイヤモンド型の中盤の右サイドという不慣れなポジションで起用されたこともあって、プレー全体に戸惑いが見られ、マインツ戦では味方との連携不足を露呈。トーマス・シャーフ監督から前半35分で交代を突き付けられることになった。
「セレッソでもレヴィー(・クルピ監督)が相当厳しかったんで、ダメだったらすぐ代えるみたいな感じでした。実際、前半で代えられたことも何回かあった。そんな当時のことをちょっと思い出したりしました(苦笑)。
今の監督はタテに速く行くのを求めるけど、自分もまだドイツに来て浅いし、(マインツ戦では)なかなかボールが来ないっていうのもありました。右で早い段階に出られたのはよかったけど、やっぱり自分は練習から真ん中の選手だってことを認めてもらわないといけない。そういうプレーを出していくしかないと思います」と2月中旬、HDIアレナに隣接するハノーファーの練習場で取材に応じた山口は、新たな決意を口にした。
その後、2試合はベンチ入りするも出番なし。現状は決して楽観視できないが、21日のアウグスブルク戦でセレッソ時代の盟友・清武弘嗣が復帰したことは追い風と言える。山口にしてみれば、彼との連携を磨くことで活路を見出せる可能性は少なくない。清武の方も「蛍は自分が待ちに待ったボランチ。やっとここに来てくれた」と力を込めて語っていた。彼ら2人が中盤をコントロールするような状況になれば、最下位に沈むハノーファーの苦境脱出も見えてくるかもしれない。
そんな山口だが、古巣・セレッソのことはつねに気にかけている。「時差があるんで、あんまり仲間とも連絡していません」とは言うものの、昨季J1昇格プレーオフ決勝で手痛いドローに持ち込まれた宿敵・アビスパ福岡にプレシーズンマッチで勝ったという情報を入手し、「今年は行けるのではないか」と大きな手ごたえを感じているという。
「ここまで順調に進んでいるのかなと思うんで、今度こそ1年でJ1に上がってほしいですね。今年は(柿谷)曜一朗君や(杉本)健勇、(丸岡)満も帰ってきたけど、前線の競争はすごく厳しいみたい。外国人の選手もいるし、誰が出るか分かんないけど、いい競争の中で戦ってほしいですね」
自らのキャプテンマークを柿谷が引き継ぐことになったのも大歓迎だ。
「僕はチームを出る時、『タカ(扇原貴宏)がいいんじゃないか』と言いましたけど、アビスパとのプレシーズンで曜一朗君がキャプテンマークを巻いているのを見たし、曜一朗君なら全然チームを引っ張れるんじゃないかと思いました。もちろんタカもキャプテンにはならなかったけど、しっかりみんなをリードしてほしい。自分が上げられなかったJ1に何としても上げてもらいたいと思います」と山口は遠い異国からエールを送った。
ドイツでの生活が始まってまだ2カ月弱。清武や酒井宏樹のサポートもあって環境面にはだいぶ馴染んできた様子だ。ドイツ語のレッスンも週1回以上は行っているが「どうしても難しいですよね。ドイツ語って短い言葉でも長いし、発音もなかなか大変なんで(苦笑)。それをやりながら慣れていくしかないと思います」と悪戦苦闘の日々だという。とはいえ、彼が追い求めるボランチのポジションは攻守両面の大黒柱。そこで定位置を確保しようと思うなら、ドイツ語のコミュニケーション能力は欠かせない。そこはアタッカーの清武や香川真司(ドルトムント)とは異なる点だ。いかにして言葉を習得し、自分から周りに指示を出せるようなタフさを身に着けていくのか。山口蛍の挑戦はまだまだここからが本番だ。
こうやってセレッソからドイツに羽ばたいた昨季までのキャプテンの頑張りが、古巣にも好影響をもたらすはずだ。柿谷も「『蛍もJ1に上げてから行きたかった』と言っていた。だけど年齢的にも今がチャンスやし、挑戦できる時に出ていくしかない。それはみんなも分かってる。だからこそ、あいつのためにもJ1が上がんとあかん」と話していたことがある。山口の奮闘をいい刺激にして、セレッソの選手たちにはさらなるレベルアップ、そして今季J2での快進撃を見せてほしいものだ。
ウインターブレイク明け2戦目となった1月30日のレバークーゼン戦でドイツデビューを飾り、続く2月6日のマインツ戦もスタメンに名を連ねたところまでは順調だった。しかし、ダイヤモンド型の中盤の右サイドという不慣れなポジションで起用されたこともあって、プレー全体に戸惑いが見られ、マインツ戦では味方との連携不足を露呈。トーマス・シャーフ監督から前半35分で交代を突き付けられることになった。
「セレッソでもレヴィー(・クルピ監督)が相当厳しかったんで、ダメだったらすぐ代えるみたいな感じでした。実際、前半で代えられたことも何回かあった。そんな当時のことをちょっと思い出したりしました(苦笑)。
今の監督はタテに速く行くのを求めるけど、自分もまだドイツに来て浅いし、(マインツ戦では)なかなかボールが来ないっていうのもありました。右で早い段階に出られたのはよかったけど、やっぱり自分は練習から真ん中の選手だってことを認めてもらわないといけない。そういうプレーを出していくしかないと思います」と2月中旬、HDIアレナに隣接するハノーファーの練習場で取材に応じた山口は、新たな決意を口にした。
その後、2試合はベンチ入りするも出番なし。現状は決して楽観視できないが、21日のアウグスブルク戦でセレッソ時代の盟友・清武弘嗣が復帰したことは追い風と言える。山口にしてみれば、彼との連携を磨くことで活路を見出せる可能性は少なくない。清武の方も「蛍は自分が待ちに待ったボランチ。やっとここに来てくれた」と力を込めて語っていた。彼ら2人が中盤をコントロールするような状況になれば、最下位に沈むハノーファーの苦境脱出も見えてくるかもしれない。
そんな山口だが、古巣・セレッソのことはつねに気にかけている。「時差があるんで、あんまり仲間とも連絡していません」とは言うものの、昨季J1昇格プレーオフ決勝で手痛いドローに持ち込まれた宿敵・アビスパ福岡にプレシーズンマッチで勝ったという情報を入手し、「今年は行けるのではないか」と大きな手ごたえを感じているという。
「ここまで順調に進んでいるのかなと思うんで、今度こそ1年でJ1に上がってほしいですね。今年は(柿谷)曜一朗君や(杉本)健勇、(丸岡)満も帰ってきたけど、前線の競争はすごく厳しいみたい。外国人の選手もいるし、誰が出るか分かんないけど、いい競争の中で戦ってほしいですね」
自らのキャプテンマークを柿谷が引き継ぐことになったのも大歓迎だ。
「僕はチームを出る時、『タカ(扇原貴宏)がいいんじゃないか』と言いましたけど、アビスパとのプレシーズンで曜一朗君がキャプテンマークを巻いているのを見たし、曜一朗君なら全然チームを引っ張れるんじゃないかと思いました。もちろんタカもキャプテンにはならなかったけど、しっかりみんなをリードしてほしい。自分が上げられなかったJ1に何としても上げてもらいたいと思います」と山口は遠い異国からエールを送った。
ドイツでの生活が始まってまだ2カ月弱。清武や酒井宏樹のサポートもあって環境面にはだいぶ馴染んできた様子だ。ドイツ語のレッスンも週1回以上は行っているが「どうしても難しいですよね。ドイツ語って短い言葉でも長いし、発音もなかなか大変なんで(苦笑)。それをやりながら慣れていくしかないと思います」と悪戦苦闘の日々だという。とはいえ、彼が追い求めるボランチのポジションは攻守両面の大黒柱。そこで定位置を確保しようと思うなら、ドイツ語のコミュニケーション能力は欠かせない。そこはアタッカーの清武や香川真司(ドルトムント)とは異なる点だ。いかにして言葉を習得し、自分から周りに指示を出せるようなタフさを身に着けていくのか。山口蛍の挑戦はまだまだここからが本番だ。
こうやってセレッソからドイツに羽ばたいた昨季までのキャプテンの頑張りが、古巣にも好影響をもたらすはずだ。柿谷も「『蛍もJ1に上げてから行きたかった』と言っていた。だけど年齢的にも今がチャンスやし、挑戦できる時に出ていくしかない。それはみんなも分かってる。だからこそ、あいつのためにもJ1が上がんとあかん」と話していたことがある。山口の奮闘をいい刺激にして、セレッソの選手たちにはさらなるレベルアップ、そして今季J2での快進撃を見せてほしいものだ。
文/元川悦子 1967年長野県松本市生まれ。94年からサッカー取材に携わる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は練習にせっせと通い、ア ウェー戦も全て現地取材している。近著に「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由」 (カンゼン刊)がある。
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